生体のようにスマートな超薄膜・構造体を組み立てる
ナノアーキテクトニクス
生体の細胞膜ではリン脂質からなる二重層を舞台にして、様々なたんぱく質、イオン、分子材料が連鎖的な反応を引き起こしています。例えば、還元性材料が電子を受け渡す反応に伴ってプロトンが脂質膜の反対側へ輸送され、このプロトンはATPの合成などに用いられます。このような複雑で精緻なプロセス制御は人工物ではまだ実現できていません。我々は分子性材料を用いて超薄膜やナノスケールの構造体を作り、ありふれた材料を組み合わせて機能性を生み出す取り組みを行っています。ナノの世界での建築、”ナノアーキテクトニクス”によって超薄膜構造を自由に制御し、生体のようにスマートな超薄膜・ナノ構造体を実現することを目指します。感覚システム(触覚、味覚、嗅覚)、情報・分子・エネルギーの伝達や保存などの機能をターゲットとし、機械学習・ニューラルネットワークによる情報処理とも組み合わせたシステムを構築します。このページではナノアーキテクトニクス技術について紹介します。
気/液界面における超薄膜・ナノ構造体の作製
水の上に油が広がるように、水面上において有機分子材料を展開して単分子膜を形成するLangmuir- Blodgett (LB)法はナノスケールの構造体を作製・制御するのに有効な手法です。半導体を含む様々な分子材料をもちいた超薄膜を作製し、その機能性を引き出す研究に取り組んでいます。
100℃を超えるLB法による有機半導体の配向超薄膜
π共役高分子は半導体として振る舞う”有機半導体”として知られている電子機能性材料です。様々な電気化学的・電気的なシグナルを伝達するのに適した高品質な薄膜を作製することができれば、センサ素子やセンサシグナルを増幅するトランジスタなど様々なデバイスに応用することが可能です。π共役を有するためにこの材料は室温では剛直であり、水面上でのLB法によって高品質な薄膜を得ることは難しかったです。我々はイオン液体という有機性のイオンからなる不揮発性の液体表面上において分子薄膜を展開、圧縮する超高温LB法を開発しました。これによって数分子層、高結晶性、高配向性の分子性半導体薄膜を得ることに成功しました。
手の動きで分子を操ることができる界面技術
超分子マシンの運動を簡便な力学操作で制御することに成功 (NIMSプレスリリース)
気体と水の境界面 (気水界面) に集まった分子マシン (超分子集合体) に対して、力学的エネルギーを与えることで、分子にかかる圧力や分子の構造変化などを詳細に測定することに成功しました。本研究では、分子マシンとして、ペンチの形を模したビナフチル分子を用いました。ビナフチル分子は、気水界面に向きをそろえて並び、単分子1層の集まりから成る膜を形成します。水面で仕切り板を動かすことで、この膜に外から力学的エネルギーを加えて、圧縮したり拡張させたりすると、その中のビナフチル分子を効率よく繰り返し開閉することができ、非常に小さな力で開閉の角度を制御することが可能であることが分かりました。
両親媒性ビナフチルの構造と、気水界面での圧縮による分子変形の模式図 a) 左より、両親媒性ビナフチルを模したペンチ、両親媒性ビナフチルの化学式、両親媒性ビナフチルの3次元構造。b), c) 気水界面に両親媒性ビナフチルが並び、圧縮と拡張により、ペンチの開閉に類似した構造変化 (配座変化) が起こる様子
超薄膜と水の界面における酸化還元反応と分子認識
酸化還元・化学ドーピングプロセスの開発
有機半導体を含む半導体材料ではドーピングという伝導に寄与する電子やホールの密度を制御するプロセスが不可欠です。これまでに有機半導体のドーピング処理は有機溶媒・不活性雰囲気下において酸化還元反応を用いる化学ドーピング手法が報告されてきました。我々は生体における酸化還元反応が水中・大気下において精密制御されることに着目し、新たな化学ドーピング手法の開発に取り組んでいます。pHや生化学材料によって有機半導体のキャリア密度・抵抗値を変化させることができれば、様々なセンサに応用することが可能です。
超薄膜/水溶液界面における分子認識
界面は分子認識に適した場です。グアニジ二ウム基を有する分子材料は気/液界面において水中の100万倍以上の感度でリン酸基を有する生化学物質を捕捉・認識することを明らかにしています。
こうした界面における分子認識と電子機能性を有する有機半導体超薄膜材料を組み合わせることで優れたセンシング機能を実現できる可能性があります。我々は半導体超薄膜/水溶液界面における分子認識と半導体の抵抗値を変化させる酸化還元反応などを連鎖させるシステムを構築することを目指します。これは生体における味覚や嗅覚などのセンシング、情報伝達を模倣したシステムと言えます。ニューラルネットワーク・機械学習とも組み合わせることで革新的なセンシングシステムを構築します。
カーボンナノマテリアルの構造制御
グラフェン、フラーレンなどのカーボンナノマテリアルは、さまざまな用途への応用が期待されています。たとえば、太陽電池などの、電子・光学材料、あるいは、多孔質材料として特定の物質を隔離する環境修復材などへ利用できます。
開閉可能なポケットを持つナノカーボン製のマイクロキューブ
ポケットに入る粒子の違いも認識可能、標的薬剤の輸送・徐放など医療応用へ期待 (NIMSプレスリリース)
炭素材料の一つであるC70フラーレンを用いて、各面に一つずつポケットをもつマイクロサイズのキューブを作製することに成功しました (下図a) 。これまで、様々なフラーレン結晶の構造制御を達成してきた「液液界面析出法 (Liquid-Liquid Interfacial Precipitation; LLIP) 法」」を改良したDynamic LLIP法により、キューブの全ての面に、一つずつ約1μmのポケット構造を作製しました。また、このキューブのポケットに蓋をしたり、その蓋を開けたり、自在に制御することが可能であることを明らかにしました (下図b, c)。
電子顕微鏡像:(a) C70フラーレンのマイクロキューブ、(b) 蓋を閉じたキューブ 、(c) 蓋を開けたキューブ
ナノ細孔を持つフラーレン結晶
高効率の有機薄膜太陽電池や有機エレクトロニクス材料の開発に期待 (NIMSプレスリリース)
異なる溶剤を用いてフラーレンの結晶を析出させるという簡単な手法で、無数のナノ細孔と従来材料よりも約10倍高い表面積を持つフラーレン結晶を作り出すことに成功した。溶媒の量を変化させることで、結晶中の細孔の数とその大きさを完全に制御することができ、多様なナノ構造を作り出せるところにも本手法の新規性・重要性があると言える。
このナノ細孔を有するフラーレン材料は、電気化学的に活性であり、今後二次電池の炭素電極や、高いホール輸送性を活かしたキャパシタなどに用いることが可能である。また、新しい有機電子材料として電子回路部品、半導体素子などにも用いることができると考えられる。これまでのフラーレンの用途にない新たなマテリアルとしての可能性も十分に秘めている。
ナノ細孔有するフラーレン結晶の合成スキームとその電子顕微鏡像。
超分子カーボン材料のパターン化による細胞の分化制御に成功
再生医療の実現にむけて、足場材料の大面積化を可能にする技術の開発 (NIMSプレスリリース)
細胞分化を誘導させる材料としてフラーレンの柱状結晶 (フラーレンウィスカー) を用いることで、表面がパターン化された足場材料を、センチメートルスケールの大面積で作成することに成功しました。この手法は、フラーレンウィスカーを水面に浮かべ、圧縮させることで一列に並べ、それを基板に転写するだけで、足場材料の表面にナノスケールのパターンを形成することができる非常に簡便な方法です。さらに、フラーレンウィスカー足場材料は、生体適合性が高く、筋芽細胞を培養すると筋管細胞へと分化が誘導されるとともに、一定方向にそろって成長することがわかりました。すなわち、細胞の分化を誘導できるフラーレンを使って、表面が一次元パターン化された足場材料を作製することにより、筋芽細胞の分化と筋組織としての機能化を促進できることが示唆されました。
分子マシンの制御
2016年ノーベル化学賞の受賞テーマとなった「分子マシン」は、外部からエネルギーを与えて、ナノスケールで動きを制御できる分子として、材料や医療への応用が期待されています。
当研究室は、界面の特性を利用した簡便な分子マシンの制御を試みています。
しなやかなナノカーの操作手法開発
これまで難しかった「柔らかい車体分子」の構造と動きの精密制御に成功 (NIMSプレスリリース)
分子の車による国際レース「ナノカーレース」に日本代表として参加した NIMSチーム
らは、レースへの参加を通じて、これまで難しかった形の変わりやすい「柔らかい分子」の変形や動きを精密に制御することに成功しました。
日本チームがナノカーとして用いたのは、溶液中では折りたたまれた状態と開いた状態が常に変化する柔らかい分子です。金属表面に置かれたナノカーに電気的なエネルギーを与える際に、下図の①の位置に正確にエネルギーを与えると、ナノカーを折り曲げるように変形でき、②の位置にエネルギーを与えると、一定方向に0.29 nm (ナノメートル) ずつ分子を進めることに成功しました。この成果は、柔らかい分子でも適切な位置にエネルギーを与えることで、構造と運動を精密に制御できる可能性を示しています。
ナノカーへトンネル電流を与え移動させる。
人工分子モーターの回転方向制御を超分子で実現
柔軟に動作するナノマシン大量生産への道を拓く (NIMSプレスリリース)
超分子を用いることで柔軟な構造をもつ分子モーターを作製し、モーターの回転方向を切り替えることに初めて成功しました。超分子は、構成単位となる複数の分子が、共有結合より弱い水素結合などの力によって結びついてできた複雑な構造をもつ分子です。超分子で作製された分子モーターは、分子内に注入された電流によって一方向に回転します。さらに、ある条件下で電流を流すことで、モーターの部位を組み替え、これにより回転方向を反転させることに成功しました。組み替えができたのは、超分子内の分子同士が、強過ぎずまた弱過ぎもしない適切な大きさの力によって結びつけられているためです。また、この分子モーターの作製には自己組織化の手法を利用しており、一度に大量に作製することも可能です。
分子モーターが動作する様子を示す概念図。走査トンネル顕微鏡の探針から電流を注入することで、ポルフィリン分子の二量体が矢印の方向に回転する